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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1129号 判決 1964年6月20日

原告 ザ フエデラルインシユアランス コンパニーリミツテツト

右代表者支配人 アルウイン キユンツラー

同 ワルター メリコツフアー

右訴訟代理人弁護士 小林一郎

被告 大阪商船三井船舶株式会社(旧商号三井船舶株式会社)

右代表者代表取締役 進藤孝二

右訴訟代理人弁護士 大橋光雄

主文

被告は原告に対し六、六六〇円およびこれに対する昭和三六年二月二五日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

此の判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、荷送人エフ、ベルサニーが、一九五九年一〇月八日、被告に対し、その主張の運送品をイタリー、ジエノアよりリベリア、モンロビヤまで海上運送品を委託し(被告の責任の始終期については次に認定するとおり)、被告は同日これを被告運航の汽船うめ丸に積み込み同運送品が「外観上良好な状態で」(in apparent good order and condition)船積みされた旨記載された船荷証券を発行し、その記載の効果は除きその記載どおり受け取つた(船積みした)こと、そして同証券は運送品の引渡当時リベリアン・コンストラクシヨン・コーポレーシヨンが所持していたこと、同汽船は同年一一月一九日モンロビヤ港に到着し、右運送品が同日と翌二〇日の両日に同港において荷卸しされたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、しかして、≪証拠省略≫によれば、本件運送契約において、被告の責任の始終期はいわゆる「索具(tachle)より索具(ta-ckle)まで」とされて、船積前および荷卸後の運送品は専ら荷主の危険と費用のもとに保管されることとし、運送人はその間の運送品に対する滅失毀損による損害に対して一切責任を負うことはなく(船荷証券約款四条)、また荷主の危険と費用のもとにその船積、荷卸および引渡の作業を引き受けることができる(同七条一項)との約定がなされていること、そこでモンロビヤ港においてはモンロビヤ港湾管理株式会社が被告より被告運航の船舶について運送品の荷卸、引渡等の業務を担当するように指定されていたので、本件においても、同株式会社が証券所持人リベリアンの危険と費用のもとにリベリアンを代理して本件船舶の船側より直接本件運送品の引渡を受けたこと、しかして、(イ) 運送品中ジプサムプラスター八〇袋のうち一〇袋は右引渡を受ける前にすでに損傷し内味のプラスター全部が使用に耐えなくなつており(10 bags plaster damaged content all wasted)また (ロ)その他の運送品は外部からはその破損は明らかではなかつたけれどもこれが同日、翌二〇日の両日に右株式会社倉庫に搬入された後同月二〇日、翌一二月一〇日および翌一九六〇年一月二五日にロイド検査員の損害検査を受けたところジプサムタイル九一三箱のうち二〇パーセントが破損格落していることが判明したことが認定できる。

右認定を妨げるにたりる証拠は存在しない。

三、被告の損害賠償責任の有無

(一)  本件船荷証券において同証券その他本件運送契約上の法律関係については日本法に準拠することが合意されていることは当事者間に争いがないところであるから、右関係につき国際海上物品運送法(その他日本法)がその準拠法となる。

(二)  原告は被告が本件船荷証券に「外観上良好に船積みされた」旨記載した以上は被告において運送品そのものが健全に船積みされたことを承認したことになるから、その承認どおり健全な運送品を証券所持人リベリアンに引き渡すべき義務がある旨主張する。

よつて、まず右記載の効果につき考える。

国際海上物品運送法第七条第一項第三号所定の「外部から認められる運送品の状態」とは、単に包装の状態のみならず、運送人(船長)が取引上相当の注意をもつて外部から運送品を観察することにより感知される運送品の状態(異常な音響臭気等もこれに含まれる)を指称するものであつて、相当の注意を尽しても感知できない包装、容器の内部的状態までも意味するものではないと解すべきである。

したがつて、右感知できる状態は運送品の種類性質、包装、容器の態様によつて異ることはいうまでもないところであるが、右状態が「良好である」との記載は包装された物品についてはその包装、荷造が外観上異常なくかつ運送品を目的地に運送するに耐えるために十分な状態にあつたことを意味すると共に、運送品そのものの状態について右相当な注意を尽しても外部からはなんの異常も感知できないことを意味しているものとみるのが相当である。

してみれば運送人は、かかる記載をした以上右の如き状態の運送品を証券所持人に引き渡すべき債務を負担し、右引渡し当時に、外部から右のような注意をもつて運送品を観察したときにその損傷の状態そのもの(本件を例にとると、タイルの破損による音響)ないしその損傷の発生原因と関係のあるような外部的異常(包装の破れ、荷造の崩れ等)を感得できるときには、運送人において、その損傷による損害賠償責任を免れようとするには、その損傷が、自己の保管中に生じなかつたこと(もし、船荷証券上船積前又は荷卸後の事実により生じた損害について免責特約をなしているときは、その損害に該当すること)、又は運送人側の過失によるものでないこと、その他法定の免責事由に基くものであることを立証する必要がある。

(なお、外観から認められる運送品の状態は右のように取引上必要とされる相当な注意をもつて観察するとおりに記載する事項であり、一方、いわゆる「内容不知」「種類不知」の約款はかかる観察により感得できない事柄に関するというべきであるから、たとえ右約款を挿入したところで右記載の右のような効力を打ち消すことはできない)

他方、運送人が運送品を引き渡す際荷造、運送品に右の意味における外観的状態になにも異常の認められないときは、たとえ運送品そのものに損傷が発生していたとしても、この損傷状態は右外観上良好の記載の範囲外の事柄に属するわけであるから、運送人としては、右記載に基いて右のような損傷についての責任を負わないものとみるべきであつて、証券所持人においてかかる記載外に該当する事実について損害賠償を請求するにはもはや右記載を主張するだけではたりず運送契約不履行による損害賠償請求における挙証責任の一般原則に戻り、運送人に運送品を損傷のない状態で引き渡したこと(損傷が運送人の保管中に発生したこと)までも挙証しなければならないものと解するのが相当である。

要するに、証券の記載上ないし運送契約上運送人が損傷のない運送品を引き渡す債務(したがつてその不履行による損害賠償債務)を負担したか否かにつき「外観上良好に船積みされた」趣旨の証券上の記載の援用がなされたときにおいては、運送人より証券所持人に対する運送品の引渡当時運送品に発生した当該損傷ないしその発生に関連ある外部的異常が取引上必要とされる通常の注意をもつて外部的に感得できるものであれば、運送人においてその損傷が自己の保管中に生じたものでないこと、又はその他自己の責に帰すべからざる事由等に基くことを立証しないかぎり債務不履行の責任を免れ得ないと共に、右異常が感得できないときは、証券所持人において損害賠償請求の前提としてまず損傷のない状態で運送品を運送人に引き渡したことを立証する責任があるといわなければならない。

(三)  そこで進んで右見地に基いて本件損害賠償義務の存否を判断する。

1、ジプサムタイルの破損格落につき

(イ) ≪証拠省略≫によると、前記のようにモンロビヤ港湾管理株式会社がリベリアンの代理人として本件運送品を船側より受取つたのであるが、その際ジプサムプラスター一〇袋の以外の右ジプサムタイルを含む本件運送品は外観上良好な状態で(in apparent good order)あつたことを承認しており(≪証拠省略≫によると、右甲第四号証はいわゆる荷物受取証(delivery receipt)の如きものと認められ、同号証に外観上良好な状態で受け取つた旨明記されている)また前掲甲第五号証はリベリアンの要請よりロイド検査員が右タイルを検査をした結果を記載した検査報告書と題する書面(謄本)であるが、これによると、右タイルは藁で包装された上波型板に包まれ新しい木の隙箱に入れられていてタイルそのものの状態は見えないものであり、かつその包装にはいじり廻わされた痕跡はなく、包装の外部的状態(External condition of package)は外観上健全(apparently sound)と観察された(2の(a)ないし(c))ことが認定される。

右認定よりすれば、本件タイルの引渡当時その包装状態はもとより運送品そのものの外部的状態に特に異常は感知されなかつたものと判断するのが相当である。

してみれば本件タイルの前記損傷は外観から感得できないものであつて「外観上良好の状態」の記載によつて負わさるべき責任の範囲外に属するものといわなければならないから、リベリアンがこれにより損害を請求するには、さらに進んで本件タイルが損傷のない状態で被告に引き渡されたものであつて右損傷が被告の保管中に発生したことを立証する必要があるといわなければならない。

(ロ) 前掲甲第五号証によれば、その明細書の部分に本件タイル九一三箱中二割の破損のうち、一割五分が保険期間中に、その余の五分が荷受人リベリアンの倉庫の取扱中に生じた旨の記載があるけれども、その8の損害記載欄において損害の原因は不明(unknown)との記載があるので、この点に関する同号証の記載自体明確性を欠くものであり、保険期間中の損傷であることの根拠は別に存しないから、同号証の前者の記載の一事によつて直ちに本件タイルの右損傷が運送人の取扱中に生じたものと断定するに足りないし、他にこれを認めるにたりる証拠は存在しない。

そうすると、本件タイルに関する損害賠償請求については爾余の点を判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

2、プラスター一〇袋について

(イ) これについては、リベリアンが船側より引渡を受ける際にすでに損傷し内味のプラスター全部が使用に耐えられなくなつていたことが外観上明らかであつた事実はさきに認定したところであるから、前判示の理由により被告においてその損害が被告の保管外で生じたこと又は法定の免責事由その他自己側の責に帰すべからざる事由等によつて生じたことを主張立証しなければその責任を免れないわけである。

(ロ) 被告はまず右損害は国際海上物品運送法第四条第二項第九号所定の運送品そのものの特殊な性質より生ずる旨主張するけれども、右プラスターの使用に耐えなくなつた原因が一般の運送品と異りその特殊な性質に基くものであることを認むべき資料は存在しないから、右主張は理由がない。

(ハ) 次に被告は本件船荷証券第一四条に毀れ易い物品については荷主が危険を負担する旨の特約があり、この特約は同運送法第一七条により特約禁止の例外として許容されるところ、本件プラスターは右特約に該当するから、本件損害につき被告において責任を負わない旨主張する。

しかしながら、同条の規定はいわゆる通常の商業上の積荷(本件プラスターがこれに含まれることは明らかであるし前記プラスターの引渡の際の検査報告書の記載とプラスターがタイルと共に運送されたことに照しプラスター(石膏)はタイルに使用されるものと推測されるので本件プラスターの毀損はその使用に別段の支障はないもので本件では毀損ではなく滅失と認められる。)については適用がないとすべきであるし、仮に本件運送品についても同条の適用があるとしても、証券所持人との関係ではかかる特約で同法第四条に反するものは無効とすること同第一七条により準用する同第一六条但書により明らかなところであるので本件プラスターの損害が右のように同第四条第二項第九号に該当しないと認められる以上、右主張もまた失当である。

(ニ) その他本件プラスターの損傷につき被告の免責を認むべき旨の主張立証はなにもない。

(ホ) なお、リベリアンが本件運送品を受取りの際被告に対し右損傷の概況の通知を発したか否かにつき当事者間に争いのあるところであり、原告は被告がこの点を一旦自白したから後にこれを否認するのは自白の撤回に当る旨主張し、本件記録に徴すると、被告は原告の主張第四、二の1記載のとおり答弁したことが明らかであるがこれをもつては、未だ時期、形式上適式の通知のなされたことまでも自白したとは認められない。

そして≪証拠省略≫によるとモンロビヤ港湾管理株式会社が「プラスター一〇袋破損全部使用に耐え得なくなつている」旨記載した右受取証六通(原本は一、他は謄本)を作成し、その謄本の一通である右乙第一四号証を被告のモンロビヤにおける代理店に交付したことが認められるが、同号証の記載に照らしその謄本の作成日はいずれも一一月三〇日であることが明らかであるから、同号証による通知は同運送法第一二条所定の通知時期を遵守したとは認め難いし、他に本件プラスターの損害につき適式な通知をなしたことを認めるにたりる証拠はない。

したがつて、同条第二項により本件プラスターは損傷なく引き渡されたことが推定され、原告において、その損傷による損害賠償請求の前提としてその引き渡前に損傷のあつたことを立証する必要があるところであるが、前記のようにリベリアンが右プラスターを船側より受け取る前にすでに損傷を受けていたことが立証されているのであるから、本件においてはもはや右通知の有無を問題にする余地はない(すなわち、被告においてはその損傷が自己の取扱中に生じたものでないこと又は自己の責に基くものでないことその他法定の免責事由に基くことを挙証する必要のあることに変りはない)。

(ヘ) してみると、リベリアンは被告に対して本件船荷証券上の債務の不履行による損害賠償として右プラスター一〇袋の損害(その額については次に認定するとおり)の賠償を請求できる筋合である。

四、原告の保険代位による損害賠償請求権の取得

(一)  原告が請求原因三の(一)で主張する積荷保険契約(本件プラスター八〇袋の保険価格一五〇ドル)が原告とリベリアンとの間に成立していたことは当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、原告は一九六〇年三月一八日リベリアンに対し右プラスター一〇袋分の損害の填補として保険価格どおり一八ドル五〇セントを支払つたことが明らかである。

なお、右保険価格が果して到達地におけるプラスターの代価を超えないものかどうか、換言すれば、リベリアンのこの点に関する実損害額に該当する(又はその範囲内のもの)かどうかについて被告は特段反対事実の主張立証をしないところであるから、右プラスター一〇袋の損傷に対する一八ドル五〇セントの支払は、右一〇袋分の実損に相当する支払と判断するのが相当である。

また≪証拠省略≫によると、原告はリベリアンに対し検査料二〇ドルを保険事故に該当するものとして同額の保険金の支払をしていることが認められるけれども、右検査料二〇ドルは、前記のようにリベリアンが被告に対し損害賠償を請求するに由ないところの本件ジプサムタイルに対するロイド検査員の検査料であり、右プラスターに関係のないことが前掲甲第五号証により明らかであるから、それにも拘らず被告に右検査料相当の損害賠償義務が存することにつき特段の主張立証のない本件においては右検査料をリベリアンの損害に加えることができないとみるほかない。

(二)  そして、本件保険契約による法律関係についてはスイス法に準拠することが約定され、かつ同国保険契約に関する連邦法律第七二条に保険者が損害を填補したときはその限度で第三者に対する損害賠償請求権を取得する旨のいわゆる法定代位が定められていることは当事者間に争いがないところであるから、原告は、リベリアンの被告に対するプラスター一〇袋に対する右損害賠償債権一八ドル五〇セントを法律上当然に取得したものである。

五、してみれば、本件請求中、原告が被告に対し債務不履行による損害賠償請求として損害金米貨一八ドル五〇セントを一ドルにつき三六〇円の割合で換算した六、六六〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録により明らかな昭和三六年二月二五日以降右完済まで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園田治 裁判官山之内一夫は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 西川美数)

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